古代人と肉食
日本では伝統的に肉を食べる文化は仏教伝来とともに禁止されていたが、諏訪大社の御札を頂けば、
食べて良いとする習慣があった。それは鹿食免という御札である。
ヨーロッパではアニマルウエルフェア動物福祉の観点から飼育条件について規則を設ける動きがあるが、わが肉では縄文の文化を伝える古代族には、共生の範囲内で、また、寒冷地で薬として食べる習慣があった。
長野県安曇地方は北九州の安曇一族が開いた地方であり、穂高神社では船祭りを行って海人族としての風俗習慣を今に伝えている。1000年以上続いている伝統行事という。
<古代神道 守矢一族>
同様に、古い伝統を今に伝えている諏訪大社がある。諏訪大社が何故4つの宮をもっているのか?御柱とは何か?
諏訪神社の祭神は出雲族の建御名方命であるが、もともとこの土地にいた守矢一族は出雲族に追いやられて、力を失った。今では上社前宮の一部の伝統行事にわずかに残っているだけであるが、諏訪信仰のご神体はミシャグチ様と言われる樹や石やシャーマンに降りてくる精霊であった。その神の祭祀権と神降ろしの力を有していたのが神長官守矢一族であった。神が降りるシャーマンは初期には内県(旧諏訪郡)、外県(旧伊那郡)、大県(信州一円の出雲系の諏訪家、神氏一族)から選ばれた童子であった。童子の役はのちに、大祝(生神の地位。諏訪家、神氏が世襲)が担った。この守矢一族は諏訪信仰とともに長い歴史をもっていたが、明治5年、国家神道(世襲の神官の廃止)によって神長の地位をうしなった。また、明治6年、その伝統の御頭祭り用の鏡、太刀、宝印、占法道具を諏訪神社上社に移されてしまう。今では諏訪4社になり、守矢一族のことはもちろん、御柱の意味すら伝わらなくなってしまっている。柱を立てる行事の意味は樹に神下ろすことである。世界各地で行われている行事であるが、エネルギーを下ろすということであると考えられる。ヨーロッパのキリスト教の建築様式が尖塔であることと(古くケルトは巨石をつかった)とほぼ同じであると思う。
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画像:諏訪宮 守矢家由来
(Weeds)
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